京都市・乙訓地域を拠点に日夜奮闘中! 岡 本 忠 藏 ( おかもと ちゅうぞう )
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| - | 2019.05.08 Wednesday | - | - |
護衛艦『あさぎり』の転籍披露行事と殉職者追悼式。
海上自衛隊舞鶴地方総監部では、年に何度も様々な行事が催され、地元を中心に経済界や行政・議会・自衛隊関連団体等々が参加させていただきます。今回は2日続けて行事が執り行われ、まず『あさぎり』が練習艦隊所属から舞鶴在籍部隊への配置転換された護衛艦として、この日にその就役のお披露目がなされました。

h241031:あさぎり001
もともと護衛艦だった『あさぎり』が練習艦隊に組み込まれ、また新たにユニバーサル造船(株)舞鶴事業所で大規模な改修を行って、今後は護衛艦として任務を果たしていくことになります。

h241031:あさぎり002
艦長から舞鶴地方総監に就役の報告がされています。護衛艦『あさぎり』の乗組員のうち1割が女性自衛官で、また艦長の副官も女性で、少なくとも舞鶴では初めてのこととなります。

h241031:あさぎり003
護衛艦は哨戒ヘリを搭載できるものが主流と言ってよいと思いますが、そのヘリの格納庫のあたりが大きく四角い外観になっており、一目で『あさぎり』だと分かりますね。

h241031:あさぎり004
護衛艦『あさぎり』の後方に目を移すと、こちらも舞鶴ならではの風景が目に飛び込んできました。他地域の基地ではあまりこうして並列に艦船を停泊させることは少ないのではないでしょうか。左からイージスシステム搭載の護衛艦『あたご』、同じくイージス艦『みょうこう』、そして護衛艦『しらね』です。快晴の青空のもと波が極めて穏やかな舞鶴湾にたたずむ護衛艦はとても美しいです。

h241101:総監部
その次の日は舞鶴地方隊の殉職隊員追悼式でした。舞鶴地方隊創設以来職務に殉じて尊い犠牲となられた30柱の御霊をお慰めするための追悼式です。画像の左の方に慰霊碑があり、この芝生の上でご家族の参列のもと毎年実施されています。

この画像は海上自衛隊舞鶴地方総監部の中にある海軍記念館です。明治天皇がこちらに行啓され、当時の舞鶴鎮守府所属部隊が明治天皇に拝謁するために建造された歴史深い建物で、現在も記念式典などで利用されています。

しかし敗戦後、この施設はアメリカのGHQに収容され、こともあろうかダンスホールに改修されて使用されていたという耐えがたい歴史も併せ持っており、明治天皇への畏敬の念と併せてそうした屈辱的な経過が今も伝えられています。

さて手前のざぁ〜っと並べられた白いものですが、なんだか分かりますか?これは空の砲弾でして、総監部の前庭をこのようにしてぐるりと囲んでおり、ひときわ目につきます。堅苦しい感じの自衛隊のイメージですが、だいぶ前に初めて舞鶴地方総監部の中に入らせていただいた時、このようなちょっとした遊び心にちょっとした驚きを感じましたのでご紹介させていただきます。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2012.11.02 Friday | comments(0) | trackbacks(0) |
ロシア海軍。
H24.08.29:ロシア海軍 艦上レセプション
数日前からロシア海軍の太平洋艦隊所属の軍艦と補給艦が舞鶴に寄港しています。日ごろから恒常的に日本の自衛隊は諸外国の海軍と合同演習を行うなどしているわけですが、当然ロシアともそうした協調関係にあり、その一環として友好親善もかねて舞鶴に立ち寄っているわけです。

彼らはずっと船にいるわけではなくて、自由時間を利用してまちを散策します。私たちも普段とは違う人たちをあちこちで見かけることで、外国の軍人さんが来とってんやなぁということを感じたりするのです。昨日などは、事務所の駐車場から道路に出ようとして、たくさん車が通過していてタイミングがつかめなかったのですが、歩行者であるロシア海軍の人たちが私に道を譲ってくれました。いいやつらだ!と思いました。

さて、おとといは舞鶴と海上自衛隊の方からの歓迎会、その返礼として昨日はロシア海軍の軍艦で艦上レセプションがあり、私もお招きいただいて参加させていただきました。海上自衛隊舞鶴地方総監部の北吸桟橋に、いつもの護衛艦やミサイル艇に加え、ちょっと変わった見かけない艦船が係留されています。外観も、乗艦して分かる細かいところも日本とは違うな〜という印象を受けました。お国柄はどのようなことにでも出るものです。

午後6時半のスタートでしたが私はその直前の6時まで街頭演説をしていたので汗だくで喉もカラカラ。しかし期待していたビールがなかったのでワインとウオッカをチビチビいただきました。
またせっかくの機会なのでロシアの方々とも交流をしたいと思っていたところにちょうど太平洋艦隊の司令官と通訳が一緒にいるタイミングを見つけたので、舞鶴YEGや舞鶴JCの人たちと一緒に話しかけさせていただきました。

プーチン大統領のロシアの若者向けの政策のこと、ロシア海軍が大統領選挙で誰を支持したのか、ロシアの新しい政策で軍人の地位を上げ待遇を良くすることで優秀な人材を集めて軍の強化をしていることなどなど、とても政治的な発言を軍人から聞けたことが内容とともに興味深かったです。

そうした司令官の彼の年齢が37歳と聞いて『ええ?自分たちよりも年下ぁ?』とみなでビックリしました。そばにいた海上自衛隊の幹部の方いわく『日本ではありえない・・・』、そりゃそうですよね。ちなみに彼の愛車は日本のトヨタ・ランドクルーザーです。以前はロシア製の車に乗っていたがやはり日本の車はサイコーだ!と言ってくれました。

今回、舞鶴に寄港する前にはアメリカのハワイにいたそうです。日本のイージス艦『ちょうかい』と護衛艦『しらね』もその演習に参加していて、アメリカも含めた多国籍での訓練を実施されていたようです。報道などではそうした軍事大国間の微妙な国際関係がしばしば表面化しますが、現場レベルではこうした協調関係も積み上げているんですね。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2012.08.30 Thursday | comments(0) | trackbacks(0) |
緊迫怒涛のイージス艦出撃。
今日は日本会議の全国縦断キャラバン報告隊が京都で報告会を行うことに合わせて、日本会議・京都の定例総会と講演会が京都市内で開催されました。午前中は街頭演説などもされていたようですが、同期の府議から誘われていたものの私は京都市内での別件があって参加できず、午後からの講演会から出席しました。

今回の日本会議・京都の講演会は、元・海上自衛官二等海佐で軍事評論家の伊藤祐靖さん。北朝鮮の工作船をイージス艦『みょうこう』が追尾したときのことを当時を振り返りながらつぶさに話していただきました。伊藤さんは『みょうこう』に乗っていらっしゃったんですね。

『みょうこう』の母港は舞鶴です。当時、北朝鮮の工作船とみられる船舶をイージス艦『みょうこう』が追っかけているという臨時ニュースがテレビで報じられたのを鮮明に覚えています。おお、こんなことが現実に起こるんだ、と非常に衝撃的な感覚を抱きましたが、あの時まったく知らなかった現場の生の声を今日、初めて聞くことができました。

緊急に招集がかかったこと。大きな荷物を背負って海上自衛官らしき人たちが一斉に北吸桟橋に向かっている中を走るタクシーの運転手が『何かあったんですか?』と聞かれたことに、きっと重大な何かが起こっているけれどもそのことは答えられなかったこと、艦長からもなかなか行動の内容が告げられなかったこと、ついには作戦を知らされないまま目的地のみ告げられたこと、不審船を見つけて船尾の観音開きの扉を確認したとたん『この野郎!』と思ったこと、工作船の乗組員を見たときは立場は違えど自分と同じ雰囲気を感じたこと、政府判断、『みょうこう』艦長の判断と指示の内容、第3護衛隊群司令の判断、それらに基づいた作戦の内容、その時の隊員の心理も含めてざぁ〜っと聞かせていただき、まるでその場にいるような臨場感を私は感じました。

講演会が終わり、私はその足で講師の伊藤祐靖さんのところにうかがい、ちょっとあつかましかったのですがご挨拶をさせていただきました。『久しぶりににしびれました!』と言う私が舞鶴の府議だと知ると顔がほころんで、『そうですか、いや〜舞鶴にも行きたいなぁ。』と言っていただきました。

講演の冒頭に、オリンピックに出場する日本代表選手の話をされました。彼らはオリンピックでの競技には当然日常と違う雰囲気の中で行う。この特別な大会に臨むにあたり、興奮をいかに日常に近づけるかが問われ、そのように精神性を持っていこうとしている。ところが自衛官は、日ごろの演習の時よりも本番の時にはもっと冷静になっているということがデータから読み取れる。日ごろの厳しい訓練を乗り越えることによって、あの訓練をこなしていくことによって、実践の時にはこうなるんだ、ということを肌で感じたと伊藤さん言っておられました。

私は平和のためには軍が必要だと思っています。残念ながら、国際情勢は各国のエゴだらけです。本音と建前の渦巻く世界で、日本が自主自立を維持し、そして世界平和のために貢献していくためには力を持っていないと交渉において後手に回らざるを得ないことは自明の理です。
今日拝聴した講演は、自分が舞鶴市民であることをとても誇りに思えるものでした。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2012.07.24 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0) |
政経倶楽部連合会大阪支部パネルディスカッション。
政経倶楽部連合会(http://www.seikei-club.jp/)という企業経営者を中心とした一般社団法人がありまして、その大阪支部の設立1周年を記念した5月例会が開催されました。実は私の所属している林英臣政経塾(http://www.hayashi-hideomi.com/seikeijuku/)と政経倶楽部連合会は深い関わりがあります。

塾の運営の1つに人材育成があります。、特に政治家天命講座という志士政治家養成講座は全国(東京・京都・福岡・広島・仙台)の5会場で開催しており、そこで現在29名の塾生が学んでいます。1つの講座に少数精鋭で叩き込んでいるんですね。
その講座に参加している塾生からは講座の費用や宿泊費は取っておらず、林英臣塾長と我々塾士の裁量でやりくりしています。実はその講座の運営に関し、物心両面で支えていただいているのが政経倶楽部連合会でして、林英臣政経塾は大変お世話になっているのです。

一方、政経倶楽部連合会は急激に支部が増えている成長著しい団体で、我々林英臣政経塾になぜ支援をしなければならないのかという理解が薄まってきつつあり、我々としても今までどうだったか、今後どうしていかなければならないのかということをアピールする機会を設けていただくことになりました。それが昨日の大阪支部のパネルディスカッションだったわけです。

準備と司会進行を関西方面司令官である畑中政昭・高石市議会議員が務め、パネリストは、戦略参謀補佐官の畠中光成・みんなの党兵庫県第7選挙区支部長、国是部会地方政策担当官の吉田康人さん、そして天命部会長の私、岡本忠藏・京都府議会議員というメンバーです。

ちなみに天命部会とは、先に述べました政治家天命講座の運営の一切を任されている部会で、関西(京都)・関東(東京)・九州(福岡)・中四国(広島)・東北(仙台)の各講座の運営を同時進行している人材育成のポジションです。

私は天命部会長という立場から、林英臣政経塾が目指すものを人材育成の観点からお話しし、また政策面では、地元が海上自衛隊舞鶴地方総監部の立地市ということで身近に触れている国防・安全保障について述べました。

サッカーは、GKがいてDFがいて、中盤を支配するMFがいて、点を取る役割のFWがいます。一方で敵が自陣に深く入り込んでしまってから点を取られないようにすることは難しい。本当に点を取られないようにするのなら、本来点を取る役割であるFWが最前線でボールを追いかけ回しなるべく早い段階でボールを奪うことが重要なのです。危険の芽は小さいうちに摘んでしまうことがリスクを回避する最も確かな手段であるわけなんですね。

また他方、陸・海・空の自衛隊はそれぞれの役割を端的に表現するキャッチフレーズというものを持っています。
陸上自衛隊は、『Final Goal Keeper of Difence』。ファイナル・ゴールキーパー、まさに最後の砦と言えるのでしょうが、国防で陸戦まで持ち込まれたらそれはもう下策であると言わざるを得ません。しかし陸自が最後にしっかりと構えていることで国防における強い安定感をもたらしていると言えます。
海上自衛隊は、『First Line of Difence』。海洋国家である日本の平和と安定にのためには世界の海が平和でなければなりません。リスクの回避のためにはまさに最前線である海での安全保障を確実に担保できなければならないのです。
そして航空自衛隊は『Key to Difence. Ready Anytime』。陸・海の作戦を有利に展開するためには制空権を取ることが何より重要で、まさに国防のカギを握っているのでしょう。またいつ何時でも行動できる即応態勢をとっていること。

日本の自衛隊はこのような理念と覚悟で任務に向き合っておられるわけです。その運用はまさに政治にかかっているわけですが、また住民のみなさんにも、ただ数だけをそろえるのではなくて、国を護るための戦略を持つこととその戦略に基づいた適切な運用の重要さを知っていただきたいと考え、こうしたことを交えつつお話をさせていただきました。

政経倶楽部連合会のみなさんからは、今まで応援してきてよかった、その思いがより強くなった、しっかり頑張ってほしいと激励していただき、ありがたい言葉を何度もかけていただきました。あまりに好評だったので、東京の本部でも実施すべきだということでその方向で動いていくようです。関東の同志にも頑張ってもらわないといけなくなってきました。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2012.05.18 Friday | comments(0) | trackbacks(0) |
護衛艦『あけぼの』 艦上レセプション。
h230925:護衛艦『あけぼの』
海上自衛隊舞鶴地方総監部の北吸岸壁には、舞鶴を母港としていない艦船が停泊することもあります。この護衛艦『あけぼの』は第一護衛隊群所属で佐世保を母港としている艦船ですが、今回はロシア海軍との合同演習を日本海で実施するためにこちらに寄港しました。

日本の自衛隊は聞けば様々な外国の軍と共同で演習しているそうで、『舞鶴の護衛艦がアメリカに行っていた』なんて話はよく聞いたりしていたのですが、その中でロシア海軍との共同演習を実は何度も行っていたというのは初めて知りました。

数日前ですが、その演習に参加している護衛艦『あけぼの』で艦上レセプションが開催され、お招きいただいて参加させていただきました。もちろん海上自衛隊の主催で、私たち地元の者に加え、ロシア海軍の軍人さんたちもたくさん参加していつもと違う雰囲気です。この日はちょうど、プーチン首相がどうやら大統領に復帰するらしい、そしてメドベージェフ大統領が首相になるらしいという報道が出たばかりで、そんな中でのロシアの人たちとの懇親の場でした。

外国の方と話す機会は職業柄少しはありますが、ほとんどは先方が日本語ペラペラであることがほとんどで、そうでなくても通訳が横に付きます。しかし今回のように大勢の人がいる場合、わずかしかいない通訳を私ごときが独占できないのでコミュニケーションが大変です。
画像の彼は東日本大震災のお見舞いを私に言ってくれ、原子力発電所の対応など大変だろうと思うが頑張ってくれ、私たちも応援するよと励ましてくれました。私は、迷惑をかけて本当に申し訳なかった。そして危険な状況の中で災害復旧に駆け付けてくれたロシアのみなさんに感謝する。必ずこの問題を解決し、自然エネルギーの導入などで日本が世界のトップランナーになるから見ていてくれ、と返しました。

地元参加者の中に海上自衛隊OBもいらっしゃったので、ロシア海軍とは昔から交流はあったのかと尋ねると、『とんでもない』と苦笑いして、そして当時は冷戦下だったから当時のソ連に対しては自分たちはとてもナーバスだったよと教えてくれました。これも隔世の感があるよなぁなどという話を聞くと、やはり時代は刻々と移り変わっていっていて、平和を維持させていくために努力を重ねていくことの大切さを感じました。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2011.09.28 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0) |
八島ストリートパブ。
八島ストリートパブ(1)
八島ストリートパブ(2)
八島ストリートパブ(3)
自衛隊の幹部を育成する防衛大学校ですが、そのうち海上自衛隊の場合は毎年、海上での実習の一環で舞鶴にも寄港されています。
しかし今までは舞鶴市民との触れ合いがあまりなかったので、もっと海上自衛隊と市民との交流を深めようということで、防衛大の実習生の歓迎会を地元の商店街で開催しました。その名も『八島ストリートパブ 〜よう来ちゃった舞鶴に〜』。

主催は、舞鶴商工会議所青年部・(社)舞鶴青年会議所・舞鶴市役所青年層有志・海上自衛隊青年層指揮官等が参画して昨年設立した『みずなぎViSiON まいちん2010』です。私もメンバーになっています。

東舞鶴の八島商店街の五条通から三条通を借りまして、可能な限り舞鶴産のおもてなしをしようというコンセプトで、飲み物のほかはサザエのつぼ焼き、万願寺とうがらし、八島丹山のホルモンうどん、大鍋の肉じゃが、舞鶴かまぼこ協同組合の焼きちくわ、キュウリの一本漬け、キンキンの冷やしトマト、スイカ、等々をご用意しました。

できればもっと若い自衛官と一般市民との交流を深めたいということや、全国の自衛官に勤務地としても舞鶴をもっと希望してもらいたいという願いがあって、舞鶴の人はあったかくて自衛隊を大歓迎してくれる、というふうに感じてもらえればという取り組みの一環です。

正確には把握していないのですが、防大生が100人くらいで、舞鶴市民もスタッフを入れて100人くらい、いやもっとかなという感じです。
佐々木総監からは『君たちを歓迎したいという心遣いでたくさんの舞鶴の方々がこうやって歓迎会をしてくださっている。みなさんの思いをしっかり感じて、今日はまっすぐ帰るなんてことはせずにこの後もしっかり舞鶴を楽しんできなさい!』と景気づけていただきました。

何しろ初めての取り組みなので、あわただしくて防大生のみなさんがどのように感じていただけたのかは今のところよく分かりませんが、少しでも舞鶴は楽しいところだと感じていただけたらありがたいです。きっともっと工夫することによってよいイベントにしていけると思いますので、今回の歓迎会をさらにグレードアップさせることも追々やっていくことになりそうです。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2011.07.22 Friday | comments(0) | trackbacks(0) |
お帰り『しらせ』。
(しらせの艦上。)しらせの艦上。
(南極の石。)南極の石。
(南極で採取した隕石。)南極で採取した隕石。
(南極の氷で。)南極の氷。
(しらせで昼食をいただきました。)しらせでの昼食。
(しらせをバックに肉じゃがをほおばる。)しらせをバックに肉じゃがをほおばる。

南極観測艦『しらせ』が舞鶴に帰ってきました。 しらせはユニバーサル造船・舞鶴事業所で建造された艦船で、昨年の冬、つまり南半球が夏の間に南極への任務に赴き、素晴らしい仕事をして日本に帰ってきました。もうすぐ始まる次期南極観測隊の派遣までの準備期間を利用した訓練のため舞鶴にも寄港したのです。

午前中は歓迎式典が開催され、その後、艦内をご案内いただきました。次第に南極に近づくにつれて厳しくなる気候状況の中でどのように運行しているのか、南極の海がどんなだったのか、どんな風な生活になるのか、どんな仕事を担っているのか、興味は尽きません。

すごいとみんなが息をのんだのが『ラミング』の様子です。
南極の氷はみなさんご存じのとおり大変ぶ厚く、昨年ですと最も厚い氷はなんと4メートルにもおよぶもので、例年の倍ほどもあったそうです。その氷を割って進もうとしても途中で氷に阻まれます。そこでいったん艦を200〜300メートルほどバックさせ、最大馬力で前進し、氷に体当たりしてそのまま氷の上に乗り上げ、艦の重さで氷を砕いて進みます。繰り返し行うこの作業を『ラミング』と言うのだそうです。

去年の処女航海で『しらせ』は、なんと3,600回ものラミングを行い、南極の昭和基地までたどり着いたということです。ちなみにこの間80キロメートルで、わずかこの距離を進むのに2週間かかったとか。自然の脅威は計り知れないものですね。

また南極にたどり着くには必ず暴風圏を通過しなければならないのですが、先代のしらせはその際に50数度も横に傾いたのだとか。それを覚悟していったところ、20数度しか傾かず拍子抜けしたと笑っておられました。もちろん艦船が傾かないような制御装置を新しい『しらせ』は兼ね備えています。それ以外にも世界最先端の技術の粋を集めた素晴らしい艦で、しらせは昨年のシップ・オブ・ザ・イヤーにも輝きました。

そんな艦が舞鶴で建造されたことを多くの関係者は誇りに思っており、私も自分がつくったわけでもないのにいろんな人に自慢しまくっています。

ちなみに『しらせ』は南極観測船ではありません。砕氷『艦』であり南極観測『艦』です。ですから艦尾には『艦旗』が翻っていますし、トップは船長ではなく『艦長』です。どうかお間違えのなきようお願い申し上げます。

| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2010.09.14 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0) |
旧軍港市転換法施行60周年。
舞鶴には海上自衛隊舞鶴地方総監部がありますが、これは旧海軍の舞鶴鎮守府があったからという歴史的背景があります。舞鶴鎮守府は明治34年に新設され、特に日本海、つまり当時のロシアを強く意識した軍港だったと言えると思います。
鎮守府の設置は、海軍工廠の建設や鉄道の新設、その他にも軍に関連した様々な施設が建設され、軍港都市として経済発展に大きく寄与しました。

しかし先の大戦によって、空襲などで壊滅的な打撃を受け、終戦後も海軍の廃止などによって経済基盤を失い、人口も激減するなど、精神的にも経済的にも大きな打撃を受けたのです。
それは舞鶴だけでなく、旧海軍の主要基地のあった横須賀・呉・佐世保も同様だったと聞いています。

そうした状況を打開するため、この四市が中心となって平和産業港湾都市として復興するための運動を展開し、その結果、旧軍用財産を平和活用することに便宜を図ることができるという、『旧軍港市転換法』が参議院の議員立法で成立したのが昭和25年のことです。

この法律は、旧軍用財産を無償、あるいは相当な減額をして譲渡することができることとし、これによって多くの旧軍用財産が学校・公園・道路・港湾などの公共施設や民間に、有利な条件で転活用され、戦後の旧軍港都市の再建に大きく寄与されることとなりました。

今日はその軍転法施行60周年を記念して、舞鶴で記念式典が開催され、横須賀・呉・佐世保の各市長さんが舞鶴に結集し、意義やこれまでの歩みをそれぞれが確認し合い、これからのさらなる発展を誓い合いました。

この軍転法によって転活用されたものの一例をいいますと、旧・舞鶴海軍警備隊五老岳砲台跡には五老ヶ岳公園と五老スカイタワーが、旧・平海兵団には引揚記念公園が、旧・舞鶴海軍工廠はユニバーサル造船(株)に、そして意外なところでは、舞鶴市商工観光センターは旧・舞鶴海軍軍需部があったところで、青葉山ろく公園・グリーンスポーツセンターは旧・第三海軍火薬廠を転活用したものです。

私はこれからさらにまちを活性化したりブランド力を上げていくためには、旧海軍のまち、そして自衛隊のまちとして大いにPRしていくべきだと考えています。明治以降の、日本の生き残りをかけて欧米列強に対抗しようと頑張った歴史の中で舞鶴が大きな役割を果たしてきたことを、郷土愛を育むことや観光振興などで生かせていけたらと思っています。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2010.05.22 Saturday | comments(2) | trackbacks(0) |
拉致問題と日本のあるべき姿を考える集い。
日本会議が舞鶴でイベントを開催されました。テーマは北朝鮮による日本人の拉致問題、そして日本の安全保障問題を考える集いです。拉致被害者の有本恵子さんのお父さんとお母さんが、恵子さんやその他の拉致被害者のみなさんを取り戻すために取り組んできたことや家族としての思いを訴えられ、引き続いて、前・航空幕僚長、田母神俊雄さんによる講演を聴きました。

私は京都府議会議員の中で唯一、ブルーリボンバッジを毎日着用しています。
会う人会う人にこのバッジを見てもらうことにより、拉致問題のことを思い起こしていただくためです。北朝鮮による拉致問題の解決のためには国民による世論が絶対に必要だと思うからで、もうバッジを着け始めてから5〜6年になるでしょうか。

さて田母神さんのことをどう思うか、と私もよく尋ねられるのですが、おっしゃっている内容は大いに賛同するものの、国家公務員としてはいかがなものか、と考えています。政府見解が正しいとかおかしいとかいうことを、公務員が大勢の前で言うべきではない、言ってはならないと私は考えています。

たとえば、市役所の職員が市長の決めたことをおかしいとか言い出せば収拾がつかなくなります。そんな職員は公務員として絶対に失格です。公務員は、今やっていることがいいとかおかしいとかではなく、粛々と制度を運用し、決まりを守らなければならないのです。立案過程においてはいくらでも丁々発止の議論をしなければなりませんが、決まったことは守らなければならないのです。

でも田母神さんはそれを破った。ご自身は日本のため、と確信犯的に思っておられるようですし今日もそうおっしゃられましたが、でもそれはやってはならないのです。それを認めたら、学校の先生たちが組合活動で左翼的な運動をされることも容認しなければならなくなってしまいます。

でも今は田母神さんは何を言ってもいいんです。もうすでに公務員ではなくなっていますので、そういう制約はあるはずがありません。
話の内容そのものは非常に楽しく拝聴しました。でもやっぱり公務員が、職務の方向性を批判したり逸脱した行動を取ったりしてはならないのです。

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| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2009.06.25 Thursday | comments(2) | trackbacks(0) |
市民と海上自衛隊の夕べ。

舞鶴地方総監が方志(ほうし)さんになって初めての舞鶴市民との交流会が総監部で行われ、うだるような暑さの中、たくさんの各種各方面のみなさんが参加されました。この日はなんと総監や鮒田(ふなだ)幕僚長の奥様までおいでいただいて花を添られ、私も初めてお会いしました。



私も、たまにはええかなと思ってかみさんと子供連れで伺ったのですが、子連れは私だけでした。いつもはもうちょっといるのですが・・・。



こういうときは、幹部の人たちだけでなく若い自衛官のみなさんと話をする良い機会でもあり、私にとっても楽しいひと時です。子供つながりなどで個人的によく知っている自衛官が何人もいますし、普段の顔を知っていて制服姿の顔を見ると、ちょっと勝手が違うものです。もちろん相手もそう思っているかもしれませんが。



私はメインのテーブルにご案内いただいたのですが、かみさんや子供まではそうもいきませんので別行動になります。しかしかみさんはかみさんなりのネットワークがありますので、適当に楽しくやっていたようです。



私の場合よくあることなんですが、実は何も食べられなくておなかが空いたので、帰ってからカップラーメンを食べました。で、デジカメを現場に忘れたことを思い出したのは布団の中でのことでした。気になって気になってなかなか寝付けなかったのですが、今日の午前中に問い合わせたら、きちんと保管していただいていたようで、手元に返ってきました。なんでも今日、日曜日の午前中に後片付けの作業をしておられたそうです。お世話になりましてありがとうございました。



| 自衛隊と共に。〜陸海空〜 | 2008.07.06 Sunday | comments(0) | trackbacks(0) |
 
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