京都市・乙訓地域を拠点に日夜奮闘中! 岡 本 忠 藏 ( おかもと ちゅうぞう )
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| - | 2019.05.08 Wednesday | - | - |
あれから2年。

今日は京都府議会の新年度予算案の審議は一休みで、常任委員会の開催日でした。主に平成24年度、つまり今年度の補正予算案の審議に充てられた日で、ですから予算特別委員会委員であるかどうかに関わらずすべての京都府議会議員が京都府議会に召集されました。

すべての常任委員会が同時進行で始まるのですが、その開催の冒頭に、東日本大震災における被災された多くの皆様に心からお見舞い申し上げ、亡くなられたすべての皆様方への哀悼の意を表し、全員で黙とうを捧げました。

2年前の今日は、統一地方選挙の日程が控えていたために京都府議会2月定例会の閉会日・最終本会議を開いていました。その閉会の数分前にあたる14時46分、後々『東北地方太平洋沖地震』と名付けられたマグニチュード9.0もの大地震が起こりました。本会議終了後に会派の控室に戻ると会派の職員さんが開口一番で『東北の方で大きな地震が起こって大津波が起こるとテレビが言っています』と私たちに伝えてきたのを昨日のことのように思い出します。

2年がたちましたが、復旧・復興はいつになったら果たせるのでしょうか。これまでにボランティアや調査で何度も現地に入っており、部分・部分では目に見えるものもあるのですが、全体を見渡すとその道のりははるか遠いことは誰でも実感するものです。

この1年で私の中で大きく変わったことは、娘が生まれたことです。去年の今頃はまだ人には言っていませんでしたが新しい命を授かったことを妻から伝えられていました。2人目が欲しかったのですがなかなかできなくて数年がたった中、ようやく授かった子。長男と11年も離れることになるこの子。半ばあきらめかけていた中でなぜ今になって2人目ができたのかを考えたりしました。

東日本大震災ではたくさんの犠牲者が出ました。いまだに見つかっていない方々が多くいらっしゃり、また子どもたちもたくさん亡くなりました。そんな中で長年できなかった子どもを授かり、私は勝手に運命的なものを感じたのです。東日本大震災という大災害でとんでもない数の人々が命を奪われ、今この国は、日本人として、もっと言うと人間としての生存をかけた運命との戦いを行っているのではないか。私たち夫婦も日本人として、これほどの大きな爪痕を国全体で癒し、復活させるためにもう一人子どもを育てるという大きなミッションを背負ったのではないか、直感的に自分自身がそう信じ込んだと言えます。

かといって父親の私が何をしているわけでもありませんが、私が思っていることと同じことを妻も抱いているようです。
以前のブログにも書きましたが、私の娘は『悠里』といいます。
『悠』の字は、悠仁親王殿下からいただいた、『ゆったりとした』、『延々と続く』という意味を持っています。
『里』の字は、人々が集う場所、そしてそこから八百万の神々とのつながり、山や川そして海とのつながり、都会とのつながり、しかし人が必ず帰ってくる場所、そんな様々なことを包み込める子になってほしいと願い、用いた字です。
名前をつける時もはやり東日本大震災のことを頭に置きながら考えました。

あれから2年がたち、日ごろの忙しさの中で大切なことを忘れてはいないか、自分の中でもきちんと整理をしておかなければならないと改めて感じた1日でした。


| あんしん・あんぜん | 2013.03.11 Monday | comments(0) | trackbacks(0) |
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