京都市・乙訓地域を拠点に日夜奮闘中! 岡 本 忠 藏 ( おかもと ちゅうぞう )
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| - | 2019.05.08 Wednesday | - | - |
3.11。
東日本大震災を巻き起こした東北地方太平洋沖大地震から1年たちました。1年前のこの日14時46分、私は京都府議会の2月定例会最終本会議の最中でした。私は地震の揺れは感じなかったのですが、慌てたような府の職員が知事に耳打ちしたのを見て、突発的な何かが起こったんだな、ということを感じました。本会議が終わって会派の部屋に帰ると、会派の職員が『東北の方でとてつもなく大きな地震が起こったらしい』と伝えてきたのですぐにテレビをつけました。

NHKはその臨時ニュースを伝えながら画面は屋外カメラからの様子を映していました。しかし何も変化はなく海沿いの道路を普通に自動車が通過していて、もうすぐ大きな津波が来るというアナウンサーが伝える情報を半信半疑で聞いていました。

そのうち少しずつ波が高くなっていき、その波が次々に建物や車、船、とにかくすべてのものを飲み込みなぎ倒し、人の営みを奪っていきました。巨大なビルにぶち当たっても、津波は跳ね返るどころかそのままなぎ倒すように広がっていきます。ヘリからの映像でしょうか。空からも津波がどんどん広がっていくのが分かりました。その先にはたくさんの車が渋滞していて、明らかにその中には人がいました。『早く逃げろ!津波が来る。車を捨てて早く逃げろ!』テレビの前でそう言うのですが、伝わるはずもありません。そうして人間の力ではどうにもならない大自然の猛威が、多くの人々の命をも躊躇なく奪っていきました。

被災地には何度も入りましたし被災者のみなさんの言葉も聞きました。ボランティアにも参加しました。しかしやってもやってもやりつくせないことで心が折れそうになるのを、いやこの一つのことが、この瓦礫のひとかきが、このわずか数百円の買い物を地元ですることが、復興の助けの積み重ねになるんだと言い聞かせることで気持ちを落ち着かせるのがつらかった。

私は被災地から遠く、京都府で暮らしています。何かの一瞬、東日本大震災を忘れているときがやっぱりあります。政治に携わっている自分がそんなことでいいのかという自責と、何もできていないちっぽけな自分がそんなふうに思うことの偽善と。でもこうして普通に生活している自分。その葛藤の1年だったと今振り返って感じています。

あたり前ですが、この未曾有の大災害は教訓として活かされなければなりません。私は地元からそれを体現したい。一人会派の一地方議員にしか過ぎない自分でも、未来のためにお役にたちたい。今は分からなくてもずっと先に、あの時のあれが今こうして役立っていると判断してもらえるようなことがきっとたくさんあるはずです。
日本中で誓いを新たにする日。私もその一員として、果たすべき役割を担いたいと改めて強く思っています。

JUGEMテーマ:政治全般〜国会・内閣・行政
 

| 国際・政治 | 2012.03.11 Sunday | comments(0) | trackbacks(0) |
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