京都市・乙訓地域を拠点に日夜奮闘中! 岡 本 忠 藏 ( おかもと ちゅうぞう )
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| - | 2019.05.08 Wednesday | - | - |
やみくも。

私的には、先週は意外に選挙ウィークでした。日曜日から京丹後市では市長選挙と市議会議員選挙が始まったのですが、知り合いのいくつかの事務所に激励に伺い、火曜日には高浜町長選挙の野瀬豊さんの出陣式、週末にはもう一度京丹後に行って自民党公認候補の森口亨さんの街宣と個人演説会の応援に声を嗄らしました。



京丹後へは自民党京都府連から行ってほしいと言われたのですが、もともと懇意にしていている候補者ですので快諾して北へ向かいました。市議会や町議会の選挙で政党の公認を申請するのは公明党か共産党がほとんどで、自民や民主は無所属で戦うことが多いのが実情ですが、そんな中、あえて森口さんは候補者の中で唯一自民党の公認で戦い、見事2位当選を果たされました。



京丹後市長選挙もそうだし京都市長選挙でもそうでしたが、最近は若い候補者がやみくもに挑戦し、散っていく様をよく見かけます。『選択肢を広げて問題提起ができた』。敗れた若い候補者はしばしばこういう敗戦の弁を述べますが、私はこれが嫌でたまりません。



自分一人で責任を取れるのならいいのですが、多くの場合、敗れはしても本当にたくさんの人々にお世話になって選挙というものは戦います。自分の生活の中で相当の部分を割いて候補者のために汗し、悔し涙を流した人たちが、本人から『負けたけど意味があった』と聞いてどう思うのでしょう。支え手は、たとえ可能性が少なくても勝利を信じて戦うのです。



『一石を投じた』のは立候補をした時点で完了したことになり、そこから後は敗戦処理としか受け取れません。もしそうなら、その候補者は政治を志す者として失格ですし、勝つつもりでいたのなら世の中を甘く見過ぎていると言わざるを得ません。



結果は間違いなく出るものですし、必ずしもいい結果が出るとも限りません。しかし私の仲間の中で何人も『どうかんがえても無茶じゃないか?』と思われるような無謀な選挙にチャレンジし、あえなく散っていくのを見て、残念に思うことが多々あります。



勇気ある行動なのかそれともただの無謀か。その違いは、『大義』があるかどうかではないでしょうか。有権者に投票行動を起こさせる強い理由がなければ、いくら若くて行動力があっても振り向いてもらえるはずがないのであり、気持ちがあっても時代が求めなければ志は立たないということを現実が証明しているのだと思います。



物事の本道を踏みはずしてはならない。残念なことに政治の世界では意外に難しいことですが、将来を期待されていた若い候補者が早過ぎるチャレンジをし、思ったとおり敗れるのを見て、いつも自戒の念を込めて感じています。



| 議員活動 | 2008.04.28 Monday | comments(1) | trackbacks(0) |
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| - | 2019.05.08 Wednesday | - | - |
コメント
なるほど、そういうのは当事者でなければ、わからないでしょうね。
| たかP | 2008/04/28 2:06 PM |
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